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絶対神と相対性
- 2008/06/01(日) 09:58:09
私が思う神の在り方、それは全知全能、完全無欠、普遍的な絶対神です。出来ないことなど何もなく、生きとし生けるすべてに対し、公明正大・平等公平、そして、宇宙を生み出し続ける生命体の根源なのです。
ですから神は、宇宙のすべてを司(つかさど)り、誤ることなどありません。チョンボやうっかり、勘違い、失敗なんてありません。解決できないものはなく、まして、誰かが不幸になるなど、ただの一つもありません。すべてのものは神のおかげで存在します。
つまり、私たちが、いがみ合うのは、神のせいではありません。私たちの痛みや苦悩は神の意志ではありません。神に足りないものはなく、欠点なんて皆無です。非の打ちどころが無いのです。それは、かくして絶対神です。
では、絶対神の絶対性、それは果たして何でしょう?すべてのものから超然とする絶対性とは何でしょう。辞書を引くと次のように書いてあります。
“その事が間違いなく成立すると断定する様子⇔ 相対の反対”
では、相対性とは何でしょう。これも辞書を引くと次のように書いてあります。
“他との関連において、初めてそのものの存在や特徴などが認識できること⇔絶対の反対”
そこで、ここでは相対性をひも解いて、その対義語としての絶対性(神)を推測したいと思います。
相対性とは、他(ほか)のものとの関連により、または、他との比較において、相互が互いに寄り掛かり存在するということです。他が無ければ存在しないし、または、思考もできない事象をいいます。ですから、それは、関連するもの、比較をするもの、それらが変われば違って来ます。何と何との関連なのか条件により変化をします。
具体的には、長い⇔短い/大きい⇔小さい/高い⇔低い/遅い⇔速い/強い⇔弱い/熱い⇔冷たい/美しい⇔醜い/善い⇔悪い/快楽⇔苦痛/天国⇔地獄・・・それらはすべて相対性です。他との関連、比較によって価値や評価が認識されます。
例えばここに10cmの紐(ひも)があったと仮定をしましょう。10cmの紐の長さは、15cmの紐と比べ5cmほど短いですね。しかし、それは7cmの紐と比べ3cmほど長くなります。しかし、10cmの紐の長さは比べる前と変わっていません。長さ自体は不変(10cm)のままです。つまり、紐は他の紐との比較において長い、短いが生まれて来ます。
そして、このとき、同じ長さの比較であれば、その長短は生まれて来ません。長いが無ければ短いも無く、短いが無ければ、長いも無くなる。つまり、それらは互いに係(かかわ)り、違いによって生じて来ます。長いことは短いにより、短いことも長いが在って、その観念は成立します。それが果たして相対性です。
何かと何かが関連し合い、比較によって感覚される。違いによって、意義や価値が決定付けられ、目的を立て、行為が起こる。評価や分析、理由や解釈、それらはすべて相対的な領域なのです。思考や感想、選択、信念、それらはかくして、相対性です。大きい⇔小さい、暑い⇔寒い、美味い⇔不味い、嬉しい⇔悲しい、幸福⇔不幸に至るまで普遍のものなど何もなく、相対性から来たものなのです。
ですから、それは優れているとか、劣っているとか、綺麗だとか、醜いだとか、他との関連、比較において、初めて評価が可能となります。評価は何と比べているか、それによって転変します。“AよりBが嫌いでも、CよりBが好きである”、Bは他との関連により、嫌いになったり、好きになったり、そうした事象がさかんに起きます。
しかし、それでも、重要なのは次の点です。それはかくして、評価をするのはあなたということ!感想を持つのはあなたということ!飽(あ)くまであなたが評価者なのです。あらゆる世界は自分をとおし、自分の視点で自分が見ます。自分の好み、自分の思考、自分の価値観、自分の信念、それらを介して自分が見ます。飽くまで視点は自分にあります。自分の尺度で体験します(参考:脳内現象/世界は私の中に/体験するため私は生まれた/)。
相対性とは、あなたの評価(感想)、あなた自身の着色なのです。価値とか、意味とか、理由や思考、あるいは、個性や性質さえも、比較において立ち現れる。そして、あなたが基軸となって、あなたの内部に評価が起こる。あなた固有の思いが起こる。あなたはあなたの人生観で相対的に世界を見ます。
かくして、ここで問題ですが、神とはいったい何者ですか?相対的な次元において、全知全能・完全無欠・絶対的な神の観念、それらは果たして存立しますか?同じものでも見方によって意義や価値がまったく変わる。条件により変化する。毒になったり、薬となったり、それが正(まさ)しく相対性です。そして、評価はあなたがします。
同じ神でも異教の徒からは、嘘つき、破壊者、悪魔に見える。一方から見て敵となる。これこそ、この世の在り方なのです。視点や立場で見方が変わる。時と場合で評価が変わる。そこからすれば、戦争、諍い、あらゆるもめ事、それらもすべて必然なのです。
これは何も神に起こった事象に限らず、日常的な出来事なのです。あなたの苦悩、あなたの歓び、あなたの周りの対人関係、あなたの暮らしは相対的です。喜怒哀楽は相対的です。そして、それはあなた自身の内部で起こる。飽(あ)くまであなたの受け止め方です。
その出来事に意味を付すのはあなたの価値観、好みや思考、性格、気質に至るまで、自我や個性が意味づけします。飽くまであなたの人間性です。
絶対なのではありません。絶望なんてありません。すべてはあなたの決定なのです。あなたが下した選択なのです。
次号へつづく
テーマ:
- 心、意識、魂、生命、人間の可能性 -
ジャンル:
- 心と身体
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